「キングがいく-MACHINE HEADによる被害報告編」16

下記はSLAYERとMACHINE HEADを茶化すために書いたフィクションです。

16.
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと」
 デイヴは、一直線に建物に戻ろうとするホセの肩に手をかけた。10頭の犬とその向こうにいるケリーが視界の端に入った。
「アディオスってどういうこと、ねえ」
 ホセは歩みを止めぬまま、
「アディオスはグッバイだよ、こんな簡単なスペイン語も知らないか、お客さん」
「知ってるけどさ! そんなことじゃなくて、ねえ、どういうこと?」
 このあたりでケリーの「おい! 何やってる! アディオスってなんだ! ふざけるな!」というわめき声がふたりの話し声に重なり始めた。
「さっき説明した、もう今日でおしまい」
 デイヴはホセの前に回って、後ろ歩きになりながら、
「おしまいはいいけど、あれはヤバイよ」
 ケージを指さす。
「どう見ても犬はケリーより君になついてたし、あ、なんかあの一番でかい犬の目はアレだな、飼い主を見る目じゃないな、ともかく、カギだけ、って言うか、俺が餌やっとくよ、ねえ」
 ホセは一心不乱なようすでさらに数歩進むと、いきなり止まって、次の瞬間には、カギが空に放物線を描いた。広い庭のどこか、カギは着地した音もさせず、ホセの手から、デイヴに手の届く範囲から、消えた。
『うわ』と『え』と『ちょっと』と『なに』が同時に口から飛びだそうとして、結果デイヴはまったく意味不明の言葉を発し、カギを捜そうと走りだして、次にはホセを止めるため戻って、また言葉にならぬ言葉を発し、ホセに無視され、また走りだし、やっぱりそれをやめて、ホセのもとに戻り、と完全に行動が破綻してきた。そこに相変わらずケリーの怒鳴り声がBGMのごとく響く。
 数秒後、ホセは通用口に消えた。デイヴは一度はドアノブに手をかけたものの、話してもらちがあかないと、カギ捜しにシフトすることにした。何かわめいているケリーに、「ともかく、捜してきますから」と残し、庭の端に走る。
 もともとが砂漠地だからか芝生はまばらだったが、飛んだ方向しか見当がつかない。しかも、よく考えると、カギがどういう形状でどういう色だったか、今いちはっきり覚えていない。
 一体俺は何しに来たんだ、という疑問を必死に感じないようにしながら、砂に目を落とす。すでに時刻は夕方になっているが、陽がまだ高いのが幸いだった。
 捜し始めて1分2分3分と時間が経つうち、デイヴの頭のなか、あるフレーズが繰り返され始めた。"Searching...seek and destroy(捜索中……見つけ次第破壊せよ)"と、METALLICAというバンドの曲だ。捜索気分は盛り上がるが、『見つけ次第破壊』はだめだろ、と自分つっこみを始めるデイヴ、なんだか冷静になってきて、一体俺は何しに来たんだ、とまた考え始める。
 と考えがひとつに集約したところで、ケリーの声が意味をなす言葉として脳に届いてきた。
「とりあえず餌だけやってくれ!」
 ケージ前まで戻ったデイヴに、ケリーは、
「カギはあとにしろってさっきから言ってるだろ、アホか、ともかく、冷蔵庫にいけば何かある、なんでもいいから持ってきて外から犬にやってくれ、腹さえ満足すれば、こいつらも寝るだろうから」
 大型犬たちと檻の中に共存するケリーは人間以外の何かに似ていた。早くなんとかしないと本当に人間以外の何かになってしまう状況ではあったが、アホ呼ばわりされたデイヴは、ケリーを助ける気が半減したのを感じた。が、いちおう「じゃなんか持ってきます」と家の中に戻る。
 キッチンにはホセの姿は見当たらなかった。が、もう狂人のことはよい。大所帯用と思われるサイズの冷蔵庫を開けると、肉が大量にあった。おそらくケリー用だろう。
 ステーキ肉のパック、ミンチの入った袋、などを手に、デイヴは庭に戻った。 
 すでに肉の匂いをかぎつけている犬たちが、後ろ足立ちになってデイヴが近づくのを待っている。
 ケリーは、いちおう飼い主としての自負もあるようで、大型犬と一緒に閉じ込められたからと言って、その表情に恐怖はないように見えた。だが、デイヴはさっきから、一番大きい犬の、品定めするような目が気になって仕方なかった。ロットワイラーって性格のいい犬種のはずなんだがな……と思うも、現にあの目はケリーを肉のかたまりと見ている。
 デイヴはステーキのパックにかかっているラップを破った。さらなる肉の匂いが瞬時に犬に届くのだろう、犬のエキサイトは頂点だ。
 デイヴが肉を手に持つと、この期におよんでケリーから、
「あっ、それは俺のだぞ、今夜食べようと思ってたのに。うちは犬と蛇用の冷蔵庫があるんだ、そっちから持ってきてくれよ、ってああ、なんか汚い手でそうやって持たれちまうと食う気なくなるな、んもう、先に冷蔵庫の場所を言っとくべきだったな、まあいいや、それ、こいつらにやってくれ、しかし、おまえもそれが人間用のステーキだってことくらいわかるだろ、もうちょっと考えろよ」
 デイヴは肉の重みを右手に感じながら、これをこのまま空(くう)に放りだしたい衝動にかられた。さっき、ホセがカギを放りだしたのはこういう気持ちのせいか、と納得する。
「……すんません」
 低い声で言って、デイヴは考えた。
 俺もこの肉を持ったまま去ったら。
 さすがにケリーは慌てるだろう。明日は彼女が来るらしいが、一晩無事でいられるか、さすがに考えるだろう。
 デイヴは肉をパックに戻すと、
「いやあ、ほんと、気づかなくてすみません。どうも俺、使えないヤツみたいなんで、今日は失礼します」
 笑顔を消してケリーに背中を向ける。
「え! なんだよ! 待てよ! その肉でいいって言ったろ!」
 デイヴは歩きながら、ケリーがひとしきりわめくのを聞いた。「おい!」という言葉しか聞こえなくなったところで立ち止まると、ケージを振り返り、
「え、この肉でいいんですか? そうなんだ?」
 ケージ前までゆっくり戻りながら、
「これでいいんだ、そうかあ……」
「いいから早くしろって」
「そうですね、早くしたいですね、しかしね、ケリーさん、俺はアリゾナまで犬の餌やりに来たんじゃないんですよ、ましてや、あなたをレスキューするために来たわけでも……いや、レスキューするのはやぶさかではないですがね、よく考えてくださいよ、今日、俺がたまたま来たから、あなたはレスキューされるわけですよね、俺がいなかったら、明日、彼女にこの無様なところを発見され、いや、それ以前に、明日までもてばいいですけどねえ」
 デイヴをただにらんでいたケリーの目に、探るような色が加わった。黙ったまま、続きを促すふうに見えた。
「ケリーさん、今日はうちのバンドの話はするなって約束でしたが……しかしね、こんな砂漠に来て、うちのバンドの話をせずに帰るなんてできないんですよ。最近、うちのバンド、存続が危ぶまれてまして……しかしその理由がまったく不明で……うちのリーダーが、原因不明の、まああれは、新種の鬱病と言っていいでしょう、毎日毎日しょんぼりしてやがるんです、で、なんでだって訊くとね――」
「まわりくどい話はよせ」
 ケリーの声には力があった。デイヴはそう感じると、直球を投げた。
「ロブをいきなり攻撃し始めた理由を教えてください」
 
(17につづく。)
 
全編はこちらにupしてあります。
http://homepage3.nifty.com/kreutzer/KiokuStoriesKingFlynnInt.htm