脳が変だ/小説なんて元来恥ずかしいものだ/奥ゆかしさからの脱却

またうだうだと。
 
先週月曜くらいから脳が変だ。あ、物理的な病気とかそんな深刻な話でなく。
どーも自分の中で地雷踏んじまったらしい。
一回踏むと数週間普通に戻れない地雷w
まあいい機会なんでその地雷が何で自分の中で地雷たるのかをじくじくと考えていた。
元来どーでもいいちゃどーでもいいことのはずなんですが。
 
ところで、こないだ同僚の人が言っていたけど、小説家の金原ひとみの父親が、娘に「小説書くなら恥ずかしいことを書け」とアドバイスしたらしい、と。
彼女の作品は読んだことないけど、裏社会ちっくなものですかね??
まあそれはいいんだけど、わざと恥ずかしくしなくても、小説なんて元来恥ずかしいものではないか? と最近考えているわけです。
だって自分の脳内さらすことですから。
音楽にしても絵にしても脳内さらすことには変わりないが、言葉というジャンルはなあ。誤解されもするし、しかし言い逃れもできんしという、辛いジャンルだ。
小説だけでなく、歌詞もいい感じに恥ずかしいと思う。
これまで何気なく聴いていた歌詞も、「もしこれを自分が考えて自分が発表するとしたら、その勇気があるか?」と考えると、しり込みしてしまうようなのがけっこうある。特にBUCK-TICKとか。あっちゃんと今井くんは勇気あるな〜などと最近思っている。
 
こんな恥ずかしがりやなわしだが、かつては能天気だったなー。
中学のころとか、自分の書いたもの、教室で回し読みしてもらってたからなー。高校〜大学くらいも、臆面もなく人に読んでもらってにやにやしていたからな〜。
小説じゃないけど雑誌に載ったこともあったね、あと、あるバンドの経歴を小説ちっくに書いたものを伊藤政則さんに送りつけ、「この方は文才ありますね〜」と地方局だがラジオで言われたこともあったね、自慢かい? あ〜自慢だ。
と開き直る時点で脳がおかしいw
 
ってか、かつての向こう見ずな自分よカムバック、だ。
なぜこんなに奥ゆかしくなってしまったのか。
 
あ〜ひとつ覚えてんだけど、豪州にいたとき、ある編集部でヘルプをしてたんだけど、入ったとき書いた作文をぼろくそ言われたことがあった。
「難しいこと書こうとしてるけど、そんなの書ける頭じゃないんだから、さあ?」
というようなことを言われ、しょんぼりした。その他、人格を否定されるようなことも言われた。
(今考えると言われたことは正しかったので感謝している。確かにあのころの自分はおかしかった。)
このおかげで確かに奥ゆかしくなり、同時に、今みたく、激しく口語体で書きなぐるきっかけともなった。どーせ難しいこと書けねえからよお、普段使ってる言葉で書きますよ? という開き直りだ。
 
長くなったので以上。