脳を休めることについて

家でこのページ開いたの、前回(3/30)に記事書いて以来だw
 
先週はほんっとにカオスで(今週も続いてるのだが)、その一部をmixiでぶちまけて、でもいただいたコメントになかなかおへんじできず、週末にコメ返しはできたんだが諸々のメッセにまだ返信できず、週末もできないまま、今に至る。
 
前からご存知のかたはご存知と思うが、私はメールなどへのレスポンスが悪い。
相手の人たちに話したいことはいっぱいあるのに、返信する時間が取れないでいるうちに「しないとしないと」と焦燥感が募り、返信できないのが自分の怠慢のように思えてきて、自分を責めるパターンに入る。
 
んだが、今回、非常に重要なメッセを数人の人からもらい、しかし、だからこそじっくり返信をしたい自分もいる、と言うかそういうふうにしか返信できないペースの自分がいるし、しかし、いくらカオスっつったって、2時間くらいならまとまった時間がとれないことはない、それなのに返信しないのは結局自分の甘えじゃないか、と思ったりもしたのだがしかし、時間が空いても心と頭のなかのカオスがすぐ解消されるわけでもなく、自分が「じっくりしたい」と思っている返信をできないでいることで自分を責めるのはやめようと思った。
 
それについてバタバタしつつ昨日の午後一までずうっと考えてて、結局ずっと寝不足だったので昼間寝てしまった。
夜もテレビを観て過ごした。
今日の仕事はカオス。
そのあとねこの通院。
そのあとは開き直ってテレビを観る。
で、今。
数週間スパンでできなかった友人への約束をやっとひとつ果せた。
ちょっと心の余裕がフカーツしてきた。かも。
 
ええと、ともかく、言えることは、どうやら、自分で思っている以上に私の脳内はカオスになりやすい仕様らしく、落ち着くのに時間がかかること、そして、今までは時間がかかることにものすごく罪悪感があったのだが(相手のあることなので)、でも、できない仕様は仕様なのだし、「できない!」自分がいることを認識するほうが物事が好転するのでは、ということ。
 
 
ちょと話変るが、それにしても、この1週間で仲間にもらった言葉のなかに、どれだけこれまで自分のなかで絡まっていたり袋小路に入っていたりどうしても五里霧中だった疑問へのヒントがあったか。
ちょっとびっくりするほどに。
私のなかの大きな悩みであり同時に命題でもあった「強さと弱さについて」、そして「普通とは何か」について、パラダイムシフトと袋小路の解消が。
前者については今は置いておいて、後者について、私のなかの「普通」への敵意の正体が見えてきた。
 
そんなわけで、お待たせしているかたがたには申しわけないですが、もうちょっと脳を休めます ノシ
(つか、ひょっとすると、人生で初めて「脳って休めないといけないんだ」と実感したかも知れんw んで、テレビとかバカにしてたんだけど、自分がちょっと興味を持っているものをぼーっと観るのも、脳休めに有効なんだというのも初めて気づいた。)