「キングがいく-MACHINE HEADによる被害報告編」11

下記はSLAYERとMACHINE HEADを茶化すために書いたフィクションです。

11.
 ポール・ボスタフの衝撃発言から1年が経ち、2003年春、ケリー・キングのMACHINE HEAD批判は、すでに言いがかりの域に入っていた。
 2001年当初は、インタビューでヘヴィロックバンド全般の新作について意見を求められるとMACHINE HEADの名前を出していた。
 その後、詮索好きなタイプのインタビュアーがケリーにMACHINE HEADの話題をふるようになり、ケリーは面白いように相手の意図に乗り、「あの歌いかたはどうか」とか「ラップメタルか、お疲れさん」などと言っていた。
 そして今では、インタビュアーからふられなくても、自分からMACHINE HEADの名前を出すのだ。
「今日のSLAYERのショウは最高だったよ。ところでMACHINE HEADって最低だな」
 といった感じで。
 いちおう、これには背景があって、ロブがインタビューでケリーのMACHINE HEAD攻撃について訊かれた際、
「あれは本来のケリーさんの姿じゃない、ケリーさんは野菜が食べられなくて、チーズバーガーばっか食べてるから、脳の血管がつまり始めてて、自分が何を言ってるかわからないんだと思う、とても心配だよ」
 と言ったのが、インターネットにそのインタビューが掲載されるとき、
「ケリーはチーズバーガーの食いすぎで脳の血がつまってんだ」
 という風に発言が抽出されたため、ケリーの攻撃が激化することになってしまった。
 このことがあってから、MACHINE HEADはインタビューでSLAYERの話をふられても答えない方針を徹底したが、それでケリーの攻撃がおさまるわけでもなく。
 ポールが言っていた、悪口を言い続けることで相手を自滅させる作戦なのか。
 しかしなぜ俺たちがターゲットに?
 初めは半分好奇心からきていたデイヴの疑問も、今は焦燥感を含み、ともすれば、デイヴ自身が現状に心乱されそうになった。
 そのたびに、自分がつぶれたらバンドが終わる、と気合を入れ直すのだが、正直、将来が不安になってきた。
 と言うのは。
「何かできた?」
 デイヴがこう訊くたびに、ロブは悲哀を漂わせた顔で、首をゆっくり横に振る。
 前作から1年半が経ち、そろそろ新しいアルバムを作らなければいけない時期にきているのだが、曲作りの先頭に立つはずのロブからは、何ひとつアイディアが出てきていなかった。
 さらに、前作の売り上げが不振だったため、デビュー当時から組んでいたレコード会社とも契約が切れ、今バンドは宙ぶらりんな状態。
 これもケリー・キングの陰謀か。
「おまえはこれまでの印税が入ってくるからいいかも知れないけど、俺たちは新作作らないとヤバイの。わかる?」
 サンフランシスコ、オークランドにあるロブの自宅の地下、リハーサルルームでデイヴが言っていた。
 ここ数日、デイヴが強制的にメンバーを集めて曲作りを行っている。
 明日から友人の結婚式のため、出身地のアリゾナに戻るデイヴ、なんとか今日中にほんのかけらでも形になるものを望んでいたが、進行ははかばかしくない。
 現在、残りの2人のメンバーは、隣の小さなスタジオのほうで何かやっている。
 ロブと2人、リハーサルルームに残されたデイヴは、基本から現状をリーダーに諭さなければならないのか、とドラムセットを離れ、部屋の中央あたりにいるロブの前に座る。
 ギターを抱えて座ってはいるものの、あごをギターのボディに預け、すっかり腑抜けなロブに、デイヴは辛抱強く、
「俺は明日の準備でそろそろ帰るけど、これだけ言っておくな。あのさ、レコーディングの費用は、いちおう話がまとまりかけてるヨーロッパのレコード会社が出してくれるとしてさ。でも、この会社には、秋にはリリースしろって言われてるわけ。それすなわち、夏にはレコーディングが終わってないといけないわけ。で、それすなわち、春のうちに曲を作らないといけないわけ。わかる?」
 デイヴはロブから『わかってる』の一言を期待したが、ロブはどこか一点を見つめたままだった。そして、数秒の沈黙ののち、彼の口から漏れたのは、
「はあ……」
 という溜息のみだった。
 デイヴは相手の胸倉つかんで頭をぐらぐら揺らしてやりたい衝動を懸命に抑えながら、まずはロブが一体何を見つめているのか、その視線の先を特定する。
 10平方メートルほどのリハーサルルームの壁、バンドのロゴの入った大きな布、ポルノ雑誌のピンナップ、ほかのバンドと撮った写真、ロブたちが少年のころから憧れてやまないバンドたちのポスター、そのなかに、あのバンドのポスターがあった。
 写っているメンバーのなかには、悪役レスラーと見まごうあのスキンヘッドが。
「……おまえはそんなにあのハゲが好きか……」
 デイヴは思わず押しだすように言っていた。これまでの苛だちと怒りのすべて、ふつふつとたぎらせた声で。「いい加減にしてくれないか……俺はこれまでおまえの才能を信じて一緒にやってきたんだ……」
 暖簾に腕押しになる予感はありながらも、言わずにはいられなかった。
「悪口言われたからってなんだってんだよ、おまえあいつのために一生を棒にふる気か、自分の音楽よりあいつが大事か、おい、そういうこと考えたことあるのかよ、おまえはハゲのためにMACHINE HEADをやってるのか、おい、なんか言えよ」
 立ち上がり、ほとんどロブに詰め寄る格好になっていた。
 そして、そんなデイヴへのロブからの回答は……。
「だって……」
 けなげとさえ言える細い声。
 デイヴはこれ以上ないほど脱力し、イスに体を落とした。脱力しすぎて言葉を発することはおろか、頭から搾りだすことさえできない。
 そんなデイヴの状態を、ロブは知ってか知らずか、言葉が続く。
「だって、10代後半のころ、ヒーローだったんだよ、SLAYERとケリーさんは……まさか仲良くなれるなんて、ほんとに思ってなかったんだ……だから……どうしても思い切れないんだよね……」
 デイヴにも、その気持ちはわからないでもない。
 しかし、そんな感傷的なことを言っていてもしょうがない。今必要なのは解決策なのだ。
 デイヴは目を閉じ、眉間に手を持っていった。そのままの姿勢でしばらく考える。どうすればロブが以前のロブに戻るのか。もうこれは死活問題だった。『くだらない』で済ませられる話だったはずが、もう1年半近く問題はくすぶり続けている。
 ――ほんとに俺たちは自滅するのか?
 そんな言葉がデイヴの頭をよぎると、そのあとから妄想がわらわらと湧いてきて、ロブが、
『今度のアルバムはSLAYERをマネしたらいいかな?』
 と提案する、今隣のスタジオにいるメンバーたちが、
『曲できたらとりあえずケリーさんに聴いてもらおうか』
 と言いながらスタジオから出てくる、ケリー・キングが、
『こんなフレーズは好きじゃない、作り直せ』
 と歯ぎしりし、ロブが、
『どう書いたら気に入ってもらえますか?』
 と不安そうに訊く、などの場面が走馬灯のように思い浮かび、デイヴはそれを掻き消すため、思わず叫んでいた。
「もうやってられるか!」
 叫ぶと同時に目を開けて立ち上がる。と、目の前のロブが、ギターに載せていたあごをギターからゆっくり離しているところだった。
 顔を上げたロブはデイヴと目が合うと、
「……え……やめちゃうの?」
「うるさい、今さらやめられるか、おまえケリーのことが解決しなきゃほんとに曲書かないつもりだろ、だったら解決しようじゃないか、ほんとに心当たりねえのか、いきなり悪口が始まったんだろ、俺たちが音楽性を変えて2枚目のアルバムになっていきなりだ、ってことはあのアルバムのリリース直前に何かあったはずなんだ、さあ思い出せ、思い出せ、おまえ何かやらかしてるだろ」
 ロブはふてくされた顔でまたあごをギターに載せ、
「やらかしてないよ」
「あの人が豹変する前、最後に会ったのはいつだ、日本じゃなかったか、2001年の夏のフェスティバルだ、さあ何をやった?」
 ムスッとしたまま答えないロブを尻目に、
「出演日は違ったっけな……」
 デイヴは2001年夏の記憶にアクセスする。
「でもホテルは一緒だったよな、俺はあいつの顔見てないけど、おまえは仲良かったから酒飲んだりしてるだろ、こう、何かしなかったか、こう、ビールの缶にトマトジュースを混入するとか、こう、チェリーに見せかけてミニトマト食わせるとか」
ミニトマトはチェリーには見えないよ」
「そんなつっこみだけは冴えてるんだな、どうでもいい、思い出せ」
「ええ? 何もないって言ってるのに……。あのときは……酒は飲まなかったと思う、どうだったかな、すれ違いもしてないような……」
 ロブはしばらくそのまま考えていたが、本気で思い出す気になったのか、ギターをスタンドに立てかけると、腕を組んで、
「ああ……SLAYERが出演する日だったかなあ……ケリーさんの部屋で話した気がするけど……なんの話だったかなあ、そのときなんか言っちゃったのかなあ」
 またしょぼん、とする。
 デイヴはすでに相手の話は聞いていなかった。
「もういい。ハゲに訊く。あのバンドはツアーばっかりやってるから、このへんにも来るだろ」
 SLAYERのツアー・スケジュールを調べるべく、パソコンの置いてあるスタジオの扉のノブに手をかけるが、
「あのお」
 ロブの声がしたので、振り返った。
「またつっこんでごめんね。でも……SLAYERは今オフだよ」
「おまえはひとのバンドのスケジュールなんか把握してるヒマあったら――って言うか、オフ? ……そうか。逆に都合がいい」
 デイヴはドラムキットのほうへ戻り、
「ともかく、俺は明日から実家だから。来週、俺が戻ってくるまでに、3曲は作れよ。俺ももちろん何か考えてくるから。それより誰に訊けばいいかな……」
 呟きながらデイヴは、ドラムスティックを黒い革のケースに入れ、帰宅準備を始めたが、ふと手を止めると、
「って言うか……おまえ、あの人の住所知ってる?」
「住所はさすがに知らないよ……」
「電話番号は?」
「知ってるけど……なんで?」
「かけるからに決まってるだろ」
「えっ、そんなっ、かけたくないよ、沈黙とかガチャ切りとかされたらどうするのっ」
「おまえにかけろとは言ってない、いいから教えろ」
 
(12につづく。)
 
全編はこちらにupしてあります。
http://homepage3.nifty.com/kreutzer/KiokuStoriesKingFlynnInt.htm