「キングがいく-MACHINE HEADによる被害報告編」10
下記はSLAYERとMACHINE HEADを茶化すために書いたフィクションです。
10.
「肘は本当に痛いんだよ」
そう言うポールの表情は明らかに苦笑で、渋々デイヴに従っていたロブは、デイヴに少し腹を立てていた。
決して広いバルコニーではないが、いちおうイスがあり、ロブとポールはそれらに腰を下ろし、小さな鉄製の丸テーブルを挟んで向かい合っている。デイヴはギネス片手、手すりに背をもたせかけていた。
ここから直接サンフランシスコ湾は臨めないが、丘の中腹にある建物だけに、悪くない眺めではある。春の夜風も、長袖を着ていれば気にならなかった。
「いやま、そりゃ確かに痛いかも知れないけどさ。ミラノで会ったとき、ちょっと悩んでたふうだったから」
デイヴはポールの苦笑が気にならないのか、話を誘導している。
そんなデイヴにまた小さな反感を持ったロブではあるが、ミラノでポールが言っていた『村八分』という一言を忘れていたわけではなかった。
SLAYERで何が起こっていたのか。
その真相を推察するとき、ロブはまだどうしても心のなか、ケリーをかばってしまっていた。
雑誌やインターネットで、
『MACHINE HEADは売れたくて必死』
『もうすぐシーンからいなくなる』
『って言うかMACHINE HEADってまだやってたのか』
等、冗談とはとても受け取れない批判がケリーの口から出ているのを目にしながらも、まだ信じていた。
きっと人に言えない理由であんなことを言ってるんだ、と。
「悩んではいたけど……」
ポールはここで言葉を止め、丸テーブルに載ったビールの缶に手を伸ばした。しかし手に取らず、もう一度手を伸ばし、そしてやはり手に取らずに、言った。溜息をもらしてから。
「SLAYERだからね」
「そうだ、SLAYERだからなんだよ」
デイヴがポールのほうへ身を乗りだした。
「ポールも知らないわけじゃないよな、俺たちも最近SLAYERとうまくいってないって」
「インタビューでちょっと読んだかな……俺はSLAYERの人たちとは直接お話しさせてもらえなかったから、辞める前は」
ロブ、さすがの仕打ちに思わず眉を寄せる。
デイヴは、
「なんとなく、おまえに起こったことと同じことが俺たち――って言うかロブに起こってる気がするんだ」
しゃがんで、両肘をテーブルに載せ、ポールのほうを見上げる格好で、
「教えてくれよ。何をやらかした?」
「デイヴ、そういうの探るのやめなよ」
ロブは覇気はないながらもたしなめたが、デイヴはこちらを向いてくれない。よけいさみしくなり、いじけたことをわからせるため、コンクリートの床を見つめる。
「『やらかした』って」
ポールが苦笑まじりで言う声が聞こえる。
「俺には記憶が……いや、ほんとはその通りなのかも。何かやらかしたのかもね。でもね……ぜんっぜん心当たりがないんだよね」
『ぜんっぜん』に力が込められていた。
「SLAYERに入ったころ、一番仲がよかったのはケリーなんだけど、ある日からいきなり避けられるようになってさあ」
それを聞いて、ロブは顔を上げた。
ある日からいきなりとは。自分とまるきり同じパターンではないか。
「SLAYERのほかのメンバーにそれとなく訊いても、『そういうヤツなんだ』とか『知らん』とか言われるだけで」
ポールの肩がだんだん落ちていく。
「SLAYERは大好きだったんだけどね。憧れだったし。だから……何が一番さみしいって、これからSLAYERを楽しんで聴けなくなりそうなことなんだ」
その気持ちはよくわかる、という言葉がロブの頭、浮かんで、消えた。
久々に会った友の切なげな顔、何かを背負ってしまった背中、それを見て、心に変化があったのだ。
ケリーは人が変わってしまった。これはもう、そう判断するしかないのだ。あの、普段は強面ながら、笑うと赤ん坊のような愛らしさが溢れる、あのケリー・キングはもう存在しないのだ。自分が慕っていたのはそんなケリーだった。決してSLAYERのメンバーであることを鼻にかけない、そんな魅力的なあの男は、もういない。
結局、それを受け入れるか否か。
すなわち、ケリーという男に関して、しょんぼりし続けるか否か。
この選択は、ロブにとって重かった。
しょんぼりしていてもいいけれども、しょんぼりし続けるということは自分の人生もしょんぼりしてしまうということであり、そういった種のしょんぼりさはロブの望むところでなく、日常の喧騒のなかにしょんぼりさをふと挿入する、それが正しいしょんぼりのありかたなのであって、そこから外れるのであれば、しょんぼりしていてもこれ意味がないことであるので、しょんぼりし続けるか否か。
ロブはギネスの缶を持っていた手に力を込めた。
――否だ。
「ポール」
ロブは残っていたビールを飲み干すと、背筋を伸ばし、向かいにいるポールに言った。
「今話してることは、本当なのか?」
「おまえいきなり普通に戻るなよ」
デイヴがつっこんでくるが、さっき無視されたので、ロブは答えないことにする。
ポールは、「普通って?」とデイヴに訊いてから、
「ほんとだよ。いられるもんならずっとSLAYERにいたかったさ」
と言った。
そんな寂寥感に満ちた顔をするな、友よ。
ロブは、自分の中心にある正義感のスイッチが入ったのがはっきりわかった。
ポールを傷つけたSLAYERというバンド、そしてケリー・キング。
――俺がなんとかしてやる。
「どれだけ大物でも、やっていいことと悪いことがある」
ロブが言うと、デイヴが、
「おまえ今さらそれ言うか?」
「いちいちつっこむな、うるせえな」
「うるせえな、か。まあ正常に戻ったのはいいことだけど」
「正常?」
ポールがまた訊いている。
「ともかくだ」
ロブはイスに深く座り直すと、テーブルの上、手を組んで、ポールの目を見据えて訊いた。
「SLAYERに戻りたいか?」
ポールはビールの缶をなでながら、
「そりゃ戻れるもんなら……。でもケリーが――」
「ハゲになら俺が話をつける!」
ロブは決然と言った。
デイヴはもはや何も言ってこない。自分の力強さに感服しているのに違いない。しかし、今さら何を感服しているのか。これほどのリーダーもなかなかいなかろう。こんな男が率いるバンドにいられることに感謝してもらいたいもんだ。
というようなことをロブが思っていると、ポールが、
「いや、やっぱりいいよ……もう遅いと思う。さっきSLAYERが聴けなくなるのがさみしいって言ったけど、ほんとの問題はそこじゃないんだよね……ちょっとかっこつけちゃったけど。ほんとの問題は、一度ケリーに嫌われると、この業界でやっていくのが難しくなることなんだ。ケリーってかなりおしゃべりじゃん? でもあれってけっこう計算してやってるんだよ、インタビューで悪口言いまくれば、相手が自滅してくってわかってるんだよね……だって、SLAYERににらまれてるなんてさあ、つまりそいつにはこのシーンにいる価値ないってことじゃん?」
ポールはここまで言って、やっとロブが呆けた顔で固まっているのに気づいてくれたようだ。
「あ……ロブも最近ターゲットになってるんだっけ。余計なこと言ったね、ごめん」
ポールの謝罪の甲斐もなく、ロブがまたしょんぼりすることを選んだのは言うまでもない。
(11につづく。)
全編はこちらにupしてあります。
→http://homepage3.nifty.com/kreutzer/KiokuStoriesKingFlynnInt.htm