「キングがいく-MACHINE HEADによる被害報告編」6

下記はSLAYERとMACHINE HEADを茶化すために書いたフィクションです。

6.
「いいか、おまえはMACHINE HEADのロブ・フリンだ」
 乗ってきた白いタクシーが走り去ると、デイヴはロブに言った。
 ミラノの宿泊先にいったんチェックインし、2人はSLAYERがライヴを行うことになっている会場に来ていた。
 ドーム型のなかなか大きな会場で、ショッピングモールが併設されている。
 タクシーを降りたのはコンサート機材の搬入口駐車場前だ。モールとは真反対の位置となり、周囲の道路にはあまり車の往来はない。
 SLAYERはもう会場に入っているのだろう。『入り待ち』と呼ばれる、バンドが会場に入るときに運良くお目にかかろうというファンの姿もない。初冬の午後4時、そろそろ陽が落ち始めようという時間、SLAYERコンサート会場裏は静かだった。
 しかし、ひとつ問題があった。SLAYERマネージャーのケータイ番号がわからないため、突撃という形になってしまったのだ。果たして中に入れるかどうか。つい2ヶ月前にアメリカの同時多発テロがあったばかりで、大きな会場では関係者の許可なく中に入るのは不可能と思われた。
 しかし進むしかない。
 まず最初の難関、大きな機材車の並ぶ駐車場入り口、フェンスとフェンスの切れ目の横にいる警備員に話をつけなくては。
 デイヴとロブ、いかにも与太者風のアメリカ人2人、髪型は短髪で常識範囲内としても、デイヴは眉毛下に、ロブは鼻にピアスをしている。服装は無難にジーンズをはき、デイヴは無地でオレンジ色の、ロブは自分の地元、サンフランシスコのアメリカンフットボールチームロゴが入ったパーカーなどにしてきたが……どうか。
「チャオ」
 とりあえずイタリア語で挨拶してみる。
 警備員は意外にも人懐こい笑顔になり、挨拶を返してくる。これはうまくいくかも知れない。
「英語で申し訳ないけど」
 とデイヴは、
「俺たち、今日コンサートをやるSLAYERの友人で、中に入れてほしいんだけど……」
「許可、いります」
 案の定警備員はこう言ったが、すぐに胸ポケットから携帯電話を出し、「楽屋、電話する」
 相手が出たらしく、イタリア語で二言三言話していたが、「マネージャーが出ます」
 2人に電話を差しだしてきた。
 ロブが動かないので、デイヴが仕方なく受け取って、
「突然すみません、MACHINE HEADのデイヴです」
 楽屋にいるらしいSLAYERの女マネージャーは、
「ああ、久しぶり……でもないっけ、夏に会ったね、日本で。今来てるんですって?」
「ちょうど明日、俺たちもここでライヴなんです。今日は予定ないし、SLAYER観たいな、なんて」
「どうぞ、入って、入って」
「みなさんに挨拶もしたいなあと」
「もちろんどうぞ。リハーサル終わったとこだし。でもデイヴが来るなんて珍しいね」
「いや、俺ひとりじゃないっすよ、ロブももちろん来てます」
「え。……ちょっと待って」
 よくない展開だ。
 デイヴ、電話の向こう、楽屋での会話の断片を拾う。「ケリーが」「どこいったの」「まあいいか」「知らん」などの言葉が聞こえる。
 マネージャーが電話に戻ってきて、
「悪いけど、今楽屋がたてこんでて。会場に入れるパスだけスタッフに渡しに行かせるから、ライヴは観てってよ。でもちょっと楽屋は……」
 非常によくない展開だ。ロブの名を出しただけで、ここまで事態が急変するとは。
 デイヴは電話を警備員に返し、ロブには適当に、
「SLAYERのメンバーは忙しいらしい……まあブラついてれば偶然会うだろう。ともかく、いいか、おまえは元気者で有名なロブ・フリンだ。SLAYERの前で、うじうじした姿は見せないでくれよ」
「え、俺うじうじしてるかな?」
 泣きそうな声で言われても。
 デイヴはとりあわず、
「まあケリーさんに会えるかわからないけど、もし会ったら、ほんと、いつも通りな感じでな」
「いつも通りって言うと……」
 ロブはもじもじしながら、
「『ハゲ』って呼んでるけど、いいかな」
 ケリーはスキンヘッドにしているが、元々その理由が、頭髪の密度に問題を抱えたからという理由なので、「ハゲ」などと言って許されるのは、よほど彼に近しいか、キャラ的に許される人間だけだ。
 幸い、普段のロブはキャラ的に多少の失言も笑って許されるタイプだったから、酔って「髪は行方不明?」などの発言をしても、ケリーは笑ってくれていた。
 デイヴは激しく首を横に振って、
「だめだ、『ハゲ』はマズイ、今言うとうちのバンドの存続にかかわる」
 ロブを諭していると、フェンスの向こう、数台並んだ機材車のあいだから、よく知った顔が現れた。
 SLAYERのドラマー、ポール・ボスタフだ。
 デイヴは少しいぶかしんだ。確か会場に入るためのパスはスタッフに渡しに行かせると言っていたが……つまり、ポールはスタッフ扱いなのか?
 ポールはSLAYERに途中加入したメンバーだが、スタッフ扱いはいかがなものか。
 フェンス横までポールが来ると、
「おー元気だったか?」
 ロブが突然普段の状態に戻ったのか、いつもの元気者の口調で言って、ポールとハグし合う。
 デイヴはグランドキャニオンで有名なアリゾナ出身だが、ロブとポールはサンフランシスコで、かつては同じシーンで音楽活動をしていた。ロブが突如普通に戻ったのは、そういう理由もあるのだろう。
 ポールは当時と変わらない黒髪の長髪で、髪形を次々変えてきたロブとは対照的だ。体格は、デイヴと同じく細く見え、ドラマー=巨体というイメージには当てはまらない。
 ロブは、バックステージに入る許可証であるパスをポールから受け取って、
「日程が重なってたんで、来てみた。夏のときも結局SLAYER観られなかったしな」
 この夏、ふたバンドとも日本のフェスティバルに出たが、出演日が違っていて、互いにライヴが観られなかったのだ。
「そっか」
 ポールは誰をも安心させる笑顔になってから、その顔を少し曇らせると、
「でも楽屋はちょっと……。俺もたまに入れてもらえないんだよね」
 これを聞いて、同じ途中加入ドラマーという立場から、デイヴはポールに憐憫の情を抱いた。俺なんて影のリーダーにまで昇格したと言うのに……いや、望んでなったわけではないが。
 やはりそこはSLAYERだからなのか。
 これまで、デイヴはSLAYERの面々をイヤなヤツと思ったことはないが、深く接したことがなかったからわからなかったのだろう。
 デイヴは、SLAYERによるポールの扱いに、思っていたより理不尽で冷血な本性を見た気がした。
 そしてケリー・キングはそんなバンドの中心人物……。
 とは言え、怖気づくことはない。デイヴは逆に、これから会うのが楽しみになってきた。SLAYERだからってイイ気になるなよ、と。

(7につづく。)
 
全編はこちらにupしてあります。
http://homepage3.nifty.com/kreutzer/KiokuStoriesKingFlynnInt.htm