「キングがいく-MACHINE HEADによる被害報告編」8
下記はSLAYERとMACHINE HEADを茶化すために書いたフィクションです。
8.
楽屋に入れないなら、ステージ裏にいるしかない。
だが、デイヴはケリーと対面したくてたまらなかった。
ロブも幸い正常に戻っているし、万が一しょんぼり病を発病したとしても、トイレに閉じ込めておけばいい。監視はポールに頼もう。と勝手に自分のなかで段取りをつける。
SLAYER楽屋の不穏な動きも、デイヴの勝手な段取りも知らないロブは、「楽屋がたてこんでるなら、ケータリングはどうだ」と言っている。
ケータリングルームは、こういったコンサート会場に臨時に設けられた食堂兼バーのような部屋だ。
ポールは、「いいんじゃないかな」と言って歩きだした。
バックステージから控え室の並ぶ廊下に抜けると、すぐに地下に通じる階段があった。
デイヴとロブは顔見知りのSLAYERスタッフとすれ違い、挨拶を交わしながら階段をおりる。ケータリングからのコーヒーの香ばしい香りがすでに漂っている。
階段をおりきり、Uターンする形で廊下を進む。コーヒーの香りに、ニンニクをふんだんに使っているであろうパスタソースの匂い、タバコの残り香などが重なる。ふたつめの入口が、ケータリングへの入口だ。ステージ準備大詰めの時間だからか、誰もいない。
入り口正面の壁際にはビュッフェ形式で何種類かの料理が並んでいる。
右手の奥には、さすが大きい会場だ、作りつけの厨房が。普通の食堂と変わらない。
ポールが3人ぶんのコーヒーを淹れてくれ、3人は厨房に近い、一番右手奥のテーブルについた。
こういった場所では、レコード会社かプロモータが費用を一括して賄っているから、個人個人が食費を払う必要はない。が、出演者ではないMACHINE HEADの2人が、さすがに食事までするわけにはいかない。
が、ここはイタリア。
夕食まで少し時間はあるが、ビュッフェから漂う香りからの誘いに抗うには、強い精神力が必要だった。
デイヴは隣に座ったポールと軽いドラマー談義を始めたが、自分の正面、コーヒーをひたすらかき回しているロブの視線がビュッフェに固定されているのに気づいて、
「まだ夕方前だぞ。あと2時間待て」
と、その言葉に、廊下から、
「待ってください!」
男の声が重なった。
同時に、廊下の床を重いものが移動してくる音が聞こえた。3人がケータリングの出口を見つめる。
デイヴは、あの重そうなものの正体が知りたいような、素通りしてほしいような、どっちつかずな気持ちになった。
と、重いものの正体であろう、立派な体躯の男が入り口からぬっと姿を現した。
ケリー・キングだ。
赤い体の悪魔が描かれた黒いTシャツ、その下にある厚い胸板、そこから伸びた腕には刺青がびっしり入れられ、そして胸の上に伸びている首は太く短く、その首に支えられている顔は決して醜悪ではない……が、スキンヘッドのせいで、悪役レスラーにしか見えない。
そんなケリー・キングは、さきほど「待ってください」と言ったと思われる若い男――スタッフだろう――に追いかけられ、入り口正面のビュッフェに向かい肩を揺らして歩きながら、
「おまえは俺の言ったことを全然理解してないな、アホめ」
体格はいいが声は太くなく、むしろ神経質な響きがある。
後を追ってきたスタッフは大きな皿を両手で持って、
「だってラザニアにはトマト入ってないじゃないですか」
「入ってないはずない、トマト探知機とさえ言える俺が感知したんだ、絶対入ってる!」
呆然とするしかないデイヴ、ロブ、そしてポール。呆然としながらもデイヴは、「ラザニアはミートソース使ってるから……確かにそれにトマトが入ってる」と呟いていた。ケリーは幸い3人には気づいていないようだ。
ケリーは3人に背を向けるかっこうでビュッフェの端から端までせわしなく行ったり来たりしながら、
「トマトの入ってない食い物を持ってこいと言ったんだ、入ってない食い物だぞ、もう自分の目で確かめないと信用ならん、にしてもイタリア料理ってのは赤い料理が多いな、この部屋にいるだけでトマト臭で気分が悪くなる、ああもういい、この、葉っぱの入ったパスタでいい、ってこの葉っぱはなんだ、ほうれん草か、まったく料理ってのは野菜なしじゃ作れねえのか、もういい、葉っぱはよけて食うから、と思ったけど――」
備えつけてあった皿を手に取ったかと思うと、突如厨房まで突進し、
「なんでもいいから肉焼いてくれ、肉、肉、肉」
早口で言っている。が、厨房には誰もいなかった。
ケリーは3秒ほどかけて状況を把握したらしく、諦めてパスタを取ろうとしたのか体の向きが変わった。
とそれは、厨房近くのテーブルにいる連中に向き合うこととイコールだった。
ほとんど、3人の青年と1頭の闘牛といった状況。
これ以上ないほど絶句している3人が、話せるはずがない。ケリーも、いるはずのない男が2人いる理由を把握するのにさっき以上に時間がかかっているようだ。
いきおい、ラザニアで叱られたスタッフが呟く。
「今日ってMACHINE HEADも出るんだっけ?」
デイヴは皿を手に突っ立っているケリーに声をかけようとしたが、
「ケリーさん」
ロブに先を越された。ロブはなぜか悲しげな顔をしながら、
「野菜嫌い、進行してるんですね……」
「おまえに言われたかねえな」
ケリーは不自然に持ち上げていた皿を体の脇に下ろして言った。視線は3人に合っていない。そらしている。とりつくしまもない雰囲気はあったが、デイヴはケリーの表情のなかに、かすかな悔しさを感じ取った。
過去、野菜がらみでケリーとロブのあいだに何かあったと思われる展開だったが、ロブが言葉を返さなかったので、場の沈黙が始まる。
そこでデイヴが、
「俺たちは明日ライヴなんですけど――」
「ああ、もうおまえらはいいや、勝手にがんばれや。ポール」
ケリーは突然ポールを呼び、
「なんでラッパーなんかと一緒にいるんだ、楽屋に来い、バカ」
ラッパー?
デイヴは『あれどういう意味?』とロブに目で訊こうとしたが、うつむいているロブの目が潤んでいたので諦めた。
ポールはいきなり声をかけられて躊躇しているようだったが、ゆっくり立ち上がると、「ごめんね、またな」と2人に声をかけ、歩きだした。
ケリーも出口に向かい、デイヴはそれを眺めるしかない。訊きたいことが訊ける状況ではない。いや、ロブを泣かせた、『おまえらはもういい』という一言で答えは出ている。
ラザニアのスタッフは皿を持ったまま、
「ケリーさん、パスタは?」
「はあ? いちいち訊くな、食べるに決まってるだろう、おまえは言われなきゃわからんのか」
ケリーは振り返らず言う。スタッフはこういう言われかたに慣れているのか、傷ついたようすもなく新しい皿に料理を盛りつけている。
今日はこれまでか?
デイヴが思ったとき、ケリーが部屋を出る間際にこちらを振り返った。
「イタリアまで『ちぇけらメタル』の布教に来たか。おまえらも大変だな」
こう残し、重量感のある足音が遠ざかる。スタッフもすぐにあとを追っていなくなった。
まさに津波か台風か、ケリー・キングご一行さまが去ったあとのケータリングルーム、冷蔵庫のモータの音がするばかりで、残された2人から言葉は出ない。
津波がひいたあとに残された瓦礫のごとく、デイヴには色々な疑問が残っていた。一番不可解だったのは、ロブの一言である。
「なあ……野菜嫌いが進行って、なに? あの人病気なのか?」
デイヴが訊くと、ロブは目の下を一度拭い、涙をこらえる声で、
「病気じゃないけど……病的に野菜が嫌いなんだ。特にトマトが」
「『おまえには言われたくない』とか言われてたけど、おまえ何かやったのか?」
「何もしてないよ。はがいじめにして生野菜を口につめるとか、自宅にトマトを1年ぶん送りつけるとか、そんなことしてないよ」
やけに具体的だ。ほんとはやってるんじゃないのか。
デイヴがいぶかっていると、ロブはまた涙の到来を感じたのか、顔をそむけ、そのまま立って歩きだした。デイヴの止める声も聞かず。
数日後、インターネットで「MACHINE HEADのデイヴ・マクレインがSLAYERの会場でロブ・フリンを捜索していた」という情報が流れた。
(9につづく。)
全編はこちらにupしてあります。
→http://homepage3.nifty.com/kreutzer/KiokuStoriesKingFlynnInt.htm