帰国子女のおもひで

大学は英語関係の学部に入ったが、何人か帰国子女がいた。
非帰国子女の中には彼らに反感を持っている人もいて、帰国子女たちは、どっか揶揄の意味も込めて「キコッカーズ」と呼ばれていた。
彼らに反感を持っている人たちは、やはり英語を身につけた過程への嫉妬みたいなものがあったのだろう、とか言って正直私もそういうものは今でも持っていて、例えばTOEICの点数にしても、バイリンガルが高得点を取っても「当り前じゃん」としか思わない。
まあそういう嫉妬みたいなものもありながらも、私が実際大学で知り合った帰国子女たちはつきあいやすい人たちばかりで、バイリンガルであることを鼻にかけることもなかった。
 
と言うか、「英語ができる」って何なんだろうなあ、とたまに思う。
世間は「英語ができる」ということをもてはやしすぎだ。
私のような、数字の「5」と「2」を混同してしまうような理系音痴からすれば、そっち方面を専門にしてる人の方が尊敬されるべきだと思うのだが、どうも世の中そういうふうではない。「宇宙物理専攻ですか、羨ましいですね」とは言わない。
 
確かに、英語は日本語からすればかけ離れた言語であるし、習得するには同じ語族の言語を使う人々、特に欧州の人々よりもかなりの労力を要するけども、かと言ってもてはやす必要はない。
不必要にもてはやすから、つけあがるバイリンガルが出てくる。
 
英会話講師をやっていたとき、学校の見学に親子が来たことがあった。
母親と、6歳くらいの男子と、3歳くらいの女子だったのだが、母親と男子が説明を受けているあいだ、妹と思われる女子はロビーにいた。
どうも、英語圏の国から帰国したばかりらしく、親としては英会話学校に通わせ、せっかく母語のひとつとして我が子が身につけている英語を忘れさせたくない、ということらしかった。
それはいいんだけど、ロビーで待ってた女子が最高に可愛くなかった。
私が通りかかったとき、この女子は、
「ねえ、あんた英語しゃべれる?」
と訊いてきたのである。
今であれば
「話せますがなにか?」
とあえて2ch用語で言うところだけどね。 
にしてもねえ、英語が話せることをもてはやしすぎるから、こういう子供がでてくる。
この子供をつけあがらせた大人たちは、英語なんて手段のひとつなんだって判ってなかったのかねえと思う。
英語はネイティヴレベルだが話す内容のない人と、英語は話せないが話すべき内容に溢れている人、どちらが望ましいか、後者に決っている。
 
ところで、小学校で英語が必修になりますよね。
その話を聞いて以来、上記のようなこととか、いろいろ考えています。
100%反対なわけではないですけどね。
まあまた万が一気が向いたら「バイリンガル」ってものについての雑感を書きます。