やっぱりそうだったか……

以前マダファカ!ってサイトが好きで見てたのだが、そこの管理人さんが、ネットでやりとりしてた人で、白血病で亡くなった人がいて……というテキストを書いてたんだけど。
今日2ちゃん見てて、「管理人が死んだ場合……」というスレで、紹介されていたサイト、まさに↑の方のサイトでした。亡くなった方の掲示板に、マダファカ!の方が投稿していたので。
マダファカ!のテキストでは、亡くなった方のURLは書かれてなかったです、以前某所で紹介されて、アクセスがえらいことになって……ということがあった、という理由だったと思う。なるほど、2ちゃんだったというわけですな、と一年以上前のことが自分の中でリンクして、よかった。

それはともかく、いい人ほど寿命が短い、というのは、わし否定しませんよ。(いい人がみな寿命が短いわけでなく、長く生きるから必ずヤなヤツという意味じゃないです、念のため。)
つーか、死にまつわる行事を経験し、死について語られる言葉を聞くたびに思うのだが、それはほとんど、残された者が救われるためにあるものだ、ということ。葬式も、亡くなった人のためのものだけども、同時に、残された方が自分の中で区切りをつけるために必要なものだし、何回忌、というのもそうだし。
さっき言った「いい人ほど……」というのも、わしの中ではそういう位置付け。仏教では、この世は修行の場所と言われるし、早く亡くなる人は、うまく言えないけど、魂の位が高い言うか、いっぱいこれまでにすでに修行してきてて、それ以上の修行は必要ない、ってとこで早く召される、という考え方。その前に闘病が伴うとしても、それも最後の修行、みたいなイメージ。
あくまでも、わしは宗教には入ってないし、全部色々聞きかじって自分の中でまとめた、ある意味自分だけに通用する考え方なんだが、こうやって色んな理不尽なことを頑張って納得しようとしてる、と言うか。