うだうだだがやっぱ真面目な話

わし、クイズ・ミリオネアが大嫌い。一番嫌いなのは、ライフラインで会場に来てる人の答えを参考にするときと、家族・友人に電話で相談するとき。
必ず回答者は、
「みなさんを信じて」とか「みんなを信じて」とか言って、みなさんとかみんなの答えに従う。
これって前も書いたけど。答えに従うのは別に勝手だからいいとして、「みなさんを信じて」って、必ず言ってる気がするのだが(嫌いだが知ってるのは夕食時に親が好きでかけてるから)、どうして言わなきゃいけないのか判らない。いや違う、逆だ、言う理由がはっきりしてるから嫌い。
日本ではそう言わないと、和を乱すからだろ。自分の考えより、自分を助けてくれる人の意見、意向。まずそっちをたてないと、あとで「あいつ協調性がないってか感謝の気持ちがない。助けてやったのに。俺らはないがしろ?」とか言われる。つまり、「ここでこう言わないとあとでつまはじきにされる」という強烈な息苦しさがあるってことで。
んもうどうしょうもなくこういうところが気持ち悪い。
で、今、イラク人質事件で人質だった人らを非難してる人らから、同じ気持ち悪さを感じる。そういう人らってより、社会全体、基本的にそういう空気だよな、この国って。ここは星野智幸氏の受け売りになるけど、自分の意志で行動起せる人間を実は普段から妬んでるから、彼らが失敗すると、ここぞとばかりにあざ笑い、ものすごい敵意をぶつける、言うか、彼らが間違ってる、異端だ、ってことが証明された、みたいな気持ちになるんかな。それであそこまで攻撃してもいいと思うんだろうな。
政府も「もう何だかな」を通り越し、危険な存在になってるし、この社会の息苦しい雰囲気とか、政府の冷淡な対応とかがめついとことか、外国の新聞とかで「おっかしいわね、日本て」とか書かれて、恥ずかしすぎる。日本は日本、外国は外国、という考えもあるけど、こんな風潮が正義、みたいな国に、ほんとにみなさんいたいのだろうか? 今人質だった人を攻撃してる人たちも、息苦しくないかい? この国のこういう風潮。ちょっとでもこの風潮から外れたことすると、人質だった人らと全く同じ立場になるのが確実なわけですよ。つまり、明日は我が身だぜ、と。